金曜日, 10月 10, 2014

2014.10.9ゼミ

松本ゼミ4年生のまいまいです。
10月9日のゼミは3年生の卒業論文のテーマについてでした!

ゆうなは子供たちの空想の世界について考えています。
幼稚園実習では女の子3人との魔女ごっこや男の子とのサバイバルごっこを経験したと言う話をしました。
魔女ごっこでは子ども同士が共通したイメージを持っていましたが、サバイバルごっこではうまく共有ができなかった場面が見られました。
ごっこ遊びでは子供たちは完全になりきっているのではなく“違う自分になる”ことを喜んでいるのではないでしょうか。
この点は私が研究しているファンタジー遊びと似ていると思います。
子ども同士はどのようにストーリーやイメージを共有しているのかということについて気になっているようです。

しおりは食べたがらない子に対してどのように関わればいいのかについて考えています。
お弁当は保育内である程度融通がききますが、その子の好きなもの・食べられるものしか入っていなかったり、同じものではないので感想の共有がしにくかったりします。
給食はみんなが同じものを食べるので共感性が高いといえます。
食育は食の視点だけではなく様々なことが関連していることに注意しなければならないことを確認しました。
このように食にこだわらない食育に焦点を当てていくようです。

これから3年生の卒業論文のテーマがどうなるのかとても楽しみです。
4年生も3年生の時にテーマ決めに悩んだので、3年生もしっかり悩みながら自分たちの素敵なテーマを決めてほしいです。
3年生が頑張っている姿を見て私たち4年生ももっと研究を頑張ろうと思いました。
このようにゼミの時間で様々なことを考えていき、自分たちの力にしていきたいです。
以上10月9日のゼミの報告でした。

まいまい

火曜日, 10月 07, 2014

2014.10.02 ゼミ

松本ゼミの最年長!
大学院1年生のやまのべです。

2日は、後期に入ってから
初めてのゼミがありました。
3年生や4年生が実習や採用試験
を終えて、またひとつ大きくなって
いました。とても誇らしいです。

そして、今日のゼミの本題は、
4年生の卒論について!

さやかは、乳児の人見知りについて
研究をしています。
今日は、主に観察実験の仕方に
ついて話し合いました。

観察をするときに気をつけなければ
ならないと感じたことは、二者関係
の間だけで、ものを考えてはいけない
ということです。

例えば、乳児の人見知り傾向を
調べるために
少し離れたところから実験者が
「おいでっ!」と声をかけた際の
反応を確認するという実験をしたとき

乳児が実験者に近づくという反応を
示したとします。

このような反応から、単純に
乳児の人見知り傾向は低いと
判断することもできます。

しかし、この実験をした際に
近くに安心できる大人がいるか
どうか、実験者と乳児の母親との
関係がどうなのかということは
乳児の反応に大きな影響を与える
のではないでしょうか。
乳児が実験者に近づくという反応
の背景には、母親という第三者の
存在が隠れている場合もあります。

このように観察実験は三者関係を
踏まえた上で行わなければならない
ということを確認しました。


まいまいは、ファンタジー遊び
についての研究をしています。
今日は、主に
「ボクらはへなそうる探検隊」
という題材をもとにファンタジー遊び
についての考えを深め、観察の方向性
を話し合いました。

3年生からは、ファンタジー遊び
は、謎や分からないことが多くある
からこその面白さがあったり

保育者自身がファンタジー遊びを
楽しんでいることがポイントなの
ではないかという意見がありました。

2人の研究が今後どう進んでいくのか
とてもたのしみです。


私が最近、授業やゼミの時間に
感じていることは、
幼児期は初等教育に向けての
準備段階としてあるものでは
ないということです。

かけがえのない幼児期は、
幼児期そのもののために
あるのだと感じます。

さらに、このように
保育について
子どもについて
腹を割って話せる先生や後輩が
いることを、幸せに感じました。
このような、時間を大切に
していきたいです。

以上、10月2日のゼミの報告
でした!!!

やまのべ

日曜日, 8月 31, 2014

小さなこどもの観覧日 ふたたび(松本・常田・松井)

 先週、8/25のことになりますが、香川県立ミュージアムでの特別展『美術は友だちーミュージアム大コレクション展』における企画として、『小さなこどもの観覧日』を休館日を利用して開催しました。

 古美術をテーマに開催した昨年10月に引き続き、県立ミュージアムと大学、地域NPO法人とのコラボレーションで準備を進めた今回、乳幼児350名に加え、保護者や引率保育者のみなさんを合わせ、500名を越える方々に来館して、楽しんでいただきました。
 関係する全ての皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。

 『美術は友だち』
  友だちとは、誰かに強く勧められたから仲良くするのではなく、ちょっとしたきっかけから、気づけば一緒に過ごし、楽しみたくなる……。そして久しぶりに出会っても、しぜんと繋がれる。
  有名だから、貴重だから見せなくては、ではない、子どもたちが思わず心ひかれるであろう、ちょっとしたしかけを土台にした今回の鑑賞経験が、あさっての社会をつくる礎となる、子どもたちの主体的な思考とふるまいへと結びついていくよう、これからも取り組みを継続していきます。

 詳細は今後に譲りますが、とりあえずの報告でした。
#当日の様子について、四国新聞、NHK他に紹介いただきました。






日曜日, 8月 10, 2014

“明日”そして“あさって”(松本)

先週末は全国保育団体合同研究集会の基礎講座で福岡にて、昨日は山形県民間立保育園協会の講演で、山形市にて、どちら主に0〜2歳児の発達と保育の話をしてきました。
いずれのタイトルにも、保育での「今」の手立てを考えるにあたり、“明日”と“あさって”というキーワードをタイトルに含めたのですが、時間的に十分に話しきれなかったので、ここで少し補足したいと思います。

「明日」とは、予測できる、近い未来のことをさします。
今はまだできないけれど、明日の姿を願って、子どもに働きかけていく。保育や教育の中で、ごくあたりまえのふるまいといえるかもしれません。

いっぽう「あさって」とは、まだはっきりとみえないけれど、いつか訪れるだろう、少し先の未来のことをさします。
明確に目標を思い描き、それを先取りして、そのために効果的な手立てとして組み立てられるのが「明日」に向けたそれだとすれば、いっけん無駄のようにも思えるけれど、まずはやってみることで、その先に立ち上がる何かを味わっていこうとするふるまいが、「あさって」に向けたそれにあてはまるでしょう。

これから起きうることは予測できるか、というのは難しい問いですが、一般にある程度予測することは可能だと思うのです。そのための準備は、多くの場合役に立つはずです。
しかし一方で、時にヒトは、十分に予測していなかった状況にぶつかることがあります。
そのときにヒトは、どのようにふるまうことができるのか。
これまでの予測と積み重ねから、右に進むことを練習してきたヒトが、予想外の状況を前にして、とっさの判断で左に進めるためには、「明日」のためだけではなく「あさって」に向けた時間を、これまでの人生の中でどれだけ費やしてきたかが鍵になるように感じます。

いろいろなことがわかってきて、「秘境」や「わからないこと」が既にないようにも思える現代社会ですが、実際にヒトが社会で生きていく上では、どうしてよいかよくわからない、答えのない状況に置かれることもままあるでしょう。

「明日」だけでなく、「あさって」へのまなざしを、それまでにどれだけ育まれてきたか。
答えのない状況における、しなやかなふるまいの土台をつくるのも、公教育(保育)に課せられた重要な役割だろうと思うのです。

この問題はなかなか難しいので、いずれ続編を書こうと思いますが、とりあえず。


金曜日, 8月 08, 2014

ごっこから本気へ、本気からごっこへ(松本)

2〜3歳の子どもたちの遊ぶ様子を見ていると、時にそれが「ごっこ」なのか「本気のふるまい」なのか区別し難い場面に多々出会います。

石鹸を使って泡遊びに夢中の子どもたち。そこから始まったおせんたく。

洗濯ごっこなのか、はたまた本気の洗濯なのか……

あれ、お風呂ごっこだったはずが、いつのまにか本気のお風呂みたいに……

お手伝いのはずの茶碗洗い。でもこれって単なる遊び……!?


でも、改めて2〜3歳児の視点から考えてみれば、そのような問い自体がもしかして、意味をなさないものなのかもしれません。

子どもたちにとってそれは遊びでもあり、同時に本気でもある。

両者が思った以上に一体的であり、その間を自由に行き来できること自体が、この時期ならではの発達特徴だといえるでしょう。


ここからは、この時期の子どもにとって課題とされる生活の自立が、遊びと不可分な形で展開されていくことが見えてきます。

子どもたちは自分で着替えられる、食べられる、排泄ができる……を目指して日々過ごしているのではなく、ただただ、目の前の活動を、大好きな大人と友だちとの間で楽しみたい思いで日々を重ねている……。

その結果として「自立」が達成されるという事実を、私たち大人は忘れないでいたいものです。



水曜日, 6月 04, 2014

教材研究@ゼミ(松本)

本日のゼミにて。米粉ねんど。
まずは手を動かしつつ、わかっていくことも多々あります!




日曜日, 5月 11, 2014

保幼小連携から考える公教育/保育の役割(松本)

 少し時間が経ってしまいましたが、雑誌『現代と保育』(ひとなる書房)の最新号(88号:3月刊行)に、『5歳児も小学生もわくわくする保幼小接続を目指して』のタイトルで連載原稿を書きました。
 登場するのは香川県丸亀市立富熊保育所と富熊小学校。
 扉付きフェンスを隔てて隣にある両者が、1年にわたってさまざまな年齢・学年同士で交流を重ねた記録です。当ブログでも、昨年7月の記事にて、合同ピザクッキングのエピソードを紹介させていただきました。

 いわゆる就学前教育の場である保育所や幼稚園と、義務教育の開始期である小学校との間において、近年、両者の連携/接続の重要性が強調されることが増えています。そのときのキーワードとしてよくあげられるのは「円滑」や「段差をなくす」というもの。保育所や幼稚園から、小学校へ。学習内容はもちろん、生活面でもかなり大きな変化を伴う両者の間が、文字通り滑らかに通じていくことは、なんだか理想的な方向であるようにも聞こえます。
 いっぽうで、教科教育を中心とする小学校以降の教育実践と、遊びを中心とする総合的指導の保育実践に代表されるように、両者の間にはそもそも、なぜ制度の面や、学びの支えようの違いが大きいのでしょうか。そこからは、子ども自身の発達特徴をはじめとして、今のような対照的ともみえるシステムがつくられ、それなりの時間が積み重ねられてきたことには、何らかの必然性と、社会における意味があると読み取ることができます。

 義務教育である小学校は、社会の縮図でもあります。
 授業が好きな子もいれば、休み時間と給食に全力投球!の子もいるのが、よくあるしぜんな姿ではないでしょうか。
 
 近年あちこちで耳にする「社会」や「地域」というキーワード。それはすなわち、いろいろな人がいる場について考える、ということでもあります。それを包摂する場に求められるのは、ある、単一のやりかたや価値観に人々をまとめていく試みではなく、できるだけ多くの人が手応えを感じられる、多様なアプローチを準備することなのだと思います。
 生涯発達のどこかの時期で、誰もが何らかの手応えを感じられるように。
 私たちの社会と、未来をつくる、という視点からみたとき、“公”教育/保育の大切な役割は、そんなかたちで位置づけることができるでしょう。

 今回の実践からは、保育所の先生方と小学校の先生方が、互いの良さを尊重し、信頼し合いながら、それぞれの子どもたちを支えていくさまを学ぶことができます。
 一緒にする、とは、単に共通のものさしをつくることではなく、共通するねがいを、それぞれのよさを最大限に活かして実現できる方法を考え、実践すること。
 「日常」と「非日常」をキーワードに読み解くことができる、そんなちょっぴり素敵な「保幼—小連携」のありように興味を持たれたみなさん、よろしければぜひ、お読みいただけると嬉しいです!

 富熊保育所・小学校、丸亀市幼・小・保連絡研究協議会のみなさま。
 素敵な機会をいただき、ありがとうございました。今後の展開を楽しみにしております。