次のエピソード。香川・こぶし花園保育園の、ある年の5歳児クラスでのできごとです。
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園の近所にある障害児通園施設「タンポポ園」によく遊びに行かせてもらう5歳児めろん組。今年度も6月から、月に1度の割合でお邪魔させてもらっています。
運動会前の9月のある日、玉入れをしました。保育者が手伝うというハンディをつけた結果、勝ったのはタンポポ園の子どもたち。めろん組の子どもたちは大泣きしたり怒ったり。悔しさのあまり、みんなが帰る段になっても「もう帰らんっ!」とすねて声を上げる子もいました。障害を持っているタンポポ園の子に対してでも、勝負事になったらこんなに熱いんか……と担任も驚くほどです。
運動会も終わった10月のその日、前回に起こったそんなことはすっかり忘れてタンポポ園に再び遊びに行きました。そんなめろん組の子どもたちに対し、タンポポ園の保育者は開口一番「今日は玉入れしましょうか!」と提案します。「???」「あぁー?」とめろん組の子どもたちも、担任も驚きました。
はじめは、めろん組だけで2組に分かれて玉入れをしました。次にいよいよ、タンポポ園の子どもたち対めろん組の子どもたちの番です。そこでめろん組から「タンポポ園の子も同じヤツ(条件)でして」と声が上がり、大人の助けなし、両者同じ条件で玉入れ対決をすることにしました。
結果は、めろん組のみんなの勝ち。
いっぽうのタンポポ園のみんなは、1コも入らなかったのです。
それを見て、静かになっためろん組の子どもたち。
しばらくすると声が上がり始めました。「じゃあ、箱を先生が持って、その中に入れることにして」「でもちゃんと揺らしてよ」と子どもたち。「こう?」とタンポポ園の保育者。「ちがう! もっとこう歩いたりするんや」「わかった。こうやね。」「先生たちは、手伝ったらいかんよ!」「わかった!」と話が進んでいきます。
そうやって自分たちでルールを決め、納得したうえで、改めて玉入れに臨みました。
めろん組は普通のカゴで、タンポポ園の子どもたちは、保育者のもつ箱で。
結果は、僅差でついにめろん組の勝ち。めろん組のみんなは、大喜びで帰路についたのでした。
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どうすべきかを大人が投げかけるのではなく、5歳児同士で考え合うプロセスと結論を信頼するまなざしのもとでめばえたものは何か。
雑誌『現代と保育』(ひとなる書房)87号連載に、上記のエピソードも含め、表題のタイトルでまとめました。
よろしければ、お読みいただけると嬉しいです。
火曜日, 11月 19, 2013
土曜日, 11月 09, 2013
保育者間の“信頼”によって切り拓かれる子どもの可能性(松本)
先日、香川県の幼児教育支援員という仕事で、香南こども園(高松市)に出かけ、4歳児の保育を見せていただき、園内研修にお邪魔してきました。
香南こども園は、2012年にスタートした、高松型の「こども園」の一つ。
幼児の各クラスには幼稚園籍と保育所籍の子どもがおり、保育士と幼稚園教諭が、ともにクラス担任として保育に携わっています。小学校風に言えば、チームティーチングの形式です。
この日の主活動は、ホールでのグループ対抗のゲーム。
ゲーム前に行う遊びをグループ毎に選び、ホールに移動……となるかと思いきや、1つのグループは意見がまとまらず、保育室に取り残されてしまいました。
子どもは5人。「股くぐり」がしたい子が4人。「マット押し」がしたい子が1人。
この日はサブの役割をしていた、B保育者がそばについて話し合いです。
それぞれの思いを改めて確認したところ、マット押しを主張する子に向けて「(意見が)1人になった!」と口にしたPちゃん。
それを制しつつ「(マット押しがしたい)Qくんの気持ちもあるよ」と問い直すB保育者。
聞けばQくん「この間くぐり抜けしたから、今日はマットにする」と。
なるほどそれもごもっとも。話し合いは続きます。
それぞれ、一生懸命自分の思いを言葉にして伝える子どもたち。ふと思い立って「(股くぐりの)トンネル、どうしてもしたいん?」と自分から仲間に問いかけてみたり……。
でも、ホールに行った友だちの歓声が遠くから耳に入る中、早く行きたい思いもあって、決めきるのはちょっと難しかったようです。しばしの後、「他のチームが何をしているか見てこようか」とB保育者に気持ちを切り替えてもらい、続きはホールで、ということになったのでした。
多数決やじゃんけんで決めれば、計画にそってスムーズに実践は進んだことでしょう。 研究保育で、私をはじめ観覧者が多々いる場。保育者としてはきれいに納めたくなっても無理のない状況だと思います。
でも、そこで子どもたちについていたB保育者は、そうはしませんでした。時間をかけても自分の思いを言葉にして、互いに考え合うことがこの子どもたちには必要である、という思いが、B保育者の中ではっきりしていたからこその働きかけだったのでしょう。
さて、ここでの実践を成り立たせたポイントは何でしょうか。その一つは、B保育者の抱く明確な子ども像にあることはもちろんでしょう。が、それに加えもう一つ忘れてはならないのは、この日主担任だったA保育者との関係ではないかと思います。2人の間で、育みたい子ども像が共有され、互いの関わりを信頼し合えている関係が、このような援助を可能にしたのだろうということです。
もし、B保育者が、子どもたちではなく「事前の計画通りすすめること」が気になっていたら、この場で時間をかけ、話し合って決めようとするプロセスを支えることは難しかったでしょう。また、仮にA保育者1人のクラスであれば、他の4つのグループを残しながら、1つのグループの話し合いに十分に付き合って、子どもの言葉と思いを受けとめきることもまた、難しいのが現実かとも思います。
香南こども園は、2012年にスタートした、高松型の「こども園」の一つ。
幼児の各クラスには幼稚園籍と保育所籍の子どもがおり、保育士と幼稚園教諭が、ともにクラス担任として保育に携わっています。小学校風に言えば、チームティーチングの形式です。
この日の主活動は、ホールでのグループ対抗のゲーム。
ゲーム前に行う遊びをグループ毎に選び、ホールに移動……となるかと思いきや、1つのグループは意見がまとまらず、保育室に取り残されてしまいました。
子どもは5人。「股くぐり」がしたい子が4人。「マット押し」がしたい子が1人。
この日はサブの役割をしていた、B保育者がそばについて話し合いです。
それぞれの思いを改めて確認したところ、マット押しを主張する子に向けて「(意見が)1人になった!」と口にしたPちゃん。
それを制しつつ「(マット押しがしたい)Qくんの気持ちもあるよ」と問い直すB保育者。
聞けばQくん「この間くぐり抜けしたから、今日はマットにする」と。
なるほどそれもごもっとも。話し合いは続きます。
それぞれ、一生懸命自分の思いを言葉にして伝える子どもたち。ふと思い立って「(股くぐりの)トンネル、どうしてもしたいん?」と自分から仲間に問いかけてみたり……。
でも、ホールに行った友だちの歓声が遠くから耳に入る中、早く行きたい思いもあって、決めきるのはちょっと難しかったようです。しばしの後、「他のチームが何をしているか見てこようか」とB保育者に気持ちを切り替えてもらい、続きはホールで、ということになったのでした。
多数決やじゃんけんで決めれば、計画にそってスムーズに実践は進んだことでしょう。 研究保育で、私をはじめ観覧者が多々いる場。保育者としてはきれいに納めたくなっても無理のない状況だと思います。
でも、そこで子どもたちについていたB保育者は、そうはしませんでした。時間をかけても自分の思いを言葉にして、互いに考え合うことがこの子どもたちには必要である、という思いが、B保育者の中ではっきりしていたからこその働きかけだったのでしょう。
さて、ここでの実践を成り立たせたポイントは何でしょうか。その一つは、B保育者の抱く明確な子ども像にあることはもちろんでしょう。が、それに加えもう一つ忘れてはならないのは、この日主担任だったA保育者との関係ではないかと思います。2人の間で、育みたい子ども像が共有され、互いの関わりを信頼し合えている関係が、このような援助を可能にしたのだろうということです。
もし、B保育者が、子どもたちではなく「事前の計画通りすすめること」が気になっていたら、この場で時間をかけ、話し合って決めようとするプロセスを支えることは難しかったでしょう。また、仮にA保育者1人のクラスであれば、他の4つのグループを残しながら、1つのグループの話し合いに十分に付き合って、子どもの言葉と思いを受けとめきることもまた、難しいのが現実かとも思います。
アイコンタクトを交わし、先にホールへと移動したA保育者からの「今、このグループの子たちに、時間をかけて言葉を紡ぎ、考え合うプロセスを保障してあげたい」という思いが伝わったからこそ、B保育者はじっくりとこのグループに付き合うことができたのでしょう。
実際の話し合いで子どもたちが決めきれなかったのは、頭の中で考えることばを使い始めたばかりの4歳児ゆえの発達的な限界もあったことと思います。とはいえ子どもたちには、話し合いで実際に決められたか否か以上に、このような場を体感できたこと自体が、これから自らの思いをことばにして、仲間との間で折り合いをつけながら考えていく土台となる、ひとつの大きな財産となったのではないでしょうか。
_________
ところで、このグループ。かわいそうに。この日、本番のゲームでは1度も勝つことができませんでした。
負けたらとてもくやしい。入れ込んでいるからこそ、怒ってすねたくもなる。
でも、それを言葉にすることは、くやしかった自分の思いとちょっぴり向き合い、次につなげていく力になる。
それは、葛藤する思いに共感し、信頼してくれる誰かがそばにいるからこそ可能になるのでしょう。
葛藤しているからこそ、言葉にするには時間がかかることもある。
欠けている部分ではなく、歩み出そうとする子どもの姿を信頼し、背中を押せる保育実践は、1人の力を越えて、保育者間の“信頼”が土台となったときにより豊かに育みうることを改めて学ぶことができました。
ありがとうございました。これからの子どもたちの姿が楽しみです。
実際の話し合いで子どもたちが決めきれなかったのは、頭の中で考えることばを使い始めたばかりの4歳児ゆえの発達的な限界もあったことと思います。とはいえ子どもたちには、話し合いで実際に決められたか否か以上に、このような場を体感できたこと自体が、これから自らの思いをことばにして、仲間との間で折り合いをつけながら考えていく土台となる、ひとつの大きな財産となったのではないでしょうか。
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ところで、このグループ。かわいそうに。この日、本番のゲームでは1度も勝つことができませんでした。
負けたらとてもくやしい。入れ込んでいるからこそ、怒ってすねたくもなる。
でも、それを言葉にすることは、くやしかった自分の思いとちょっぴり向き合い、次につなげていく力になる。
それは、葛藤する思いに共感し、信頼してくれる誰かがそばにいるからこそ可能になるのでしょう。
葛藤しているからこそ、言葉にするには時間がかかることもある。
欠けている部分ではなく、歩み出そうとする子どもの姿を信頼し、背中を押せる保育実践は、1人の力を越えて、保育者間の“信頼”が土台となったときにより豊かに育みうることを改めて学ぶことができました。
ありがとうございました。これからの子どもたちの姿が楽しみです。
土曜日, 10月 26, 2013
『小さなこどもの観覧日』終わりました(松本・松井・常田)
前回のエントリーにて紹介させていただいた、香川県立ミュージアムでの企画『小さなこどもの観覧日』(10/21開催)が無事終了しました。
乳幼児×日本美術、という、これまでほとんど耳にしたことのない組み合わせに、県立ミュージアムと大学、地域NPOのコラボレーションで挑戦するということで、準備にあたった私たち自身、ふたを開けてみるまでどうなることやら……という思いもありました。
しかし、当日子どもたちが見せてくれた姿は、それをよい意味で裏切ってくれるものでした。
器や切子、かんざしを前に言葉がはずむ子どもたち。気づけば引率や、取材に来たはずの大人まで、しぜんと子どもたちに話しかけている姿があちこちにありました。
秘密のアイテム「じろじろめがね」を手に自ら「笑っているヒト、探そう!」としゃべり合って、屏風に向かって思わず駆け出さんとする子どもたち。
「能動的鑑賞」というスタイルは、ルーブルをはじめとする世界のミュージアムでは積極的に取り組まれている形式ですが、作品そのものと向き合えるちょっとした“しかけ”さえあれば、いっけんかけ離れて見える「乳幼児」と「日本美術」の間にも十分、橋を架けることができることを、当日の子どもたちの姿に改めて教えてもらったように思います。
誰かがそういったからではなく、そのものとの関係を前に、自分が好きなものを「好き」と感じる/言えるように。それがこの先、子どもたちが生きていくうえで、自らの頭で主体的に考え、判断していく礎となるように。
これを一つのスタートに、これからも子どもたちに「あさって」へのまなざしを育めるような取り組みを続けていきたいと思います。
関係・協力いただいた全ての皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。
#当日の様子を、四国新聞、RNC西日本放送、RSK山陽放送をはじめ、いくつかのメディアに紹介いただきました。ありがとうございました。
詳しくは、リンクをごらんください。
乳幼児×日本美術、という、これまでほとんど耳にしたことのない組み合わせに、県立ミュージアムと大学、地域NPOのコラボレーションで挑戦するということで、準備にあたった私たち自身、ふたを開けてみるまでどうなることやら……という思いもありました。
しかし、当日子どもたちが見せてくれた姿は、それをよい意味で裏切ってくれるものでした。
器や切子、かんざしを前に言葉がはずむ子どもたち。気づけば引率や、取材に来たはずの大人まで、しぜんと子どもたちに話しかけている姿があちこちにありました。
秘密のアイテム「じろじろめがね」を手に自ら「笑っているヒト、探そう!」としゃべり合って、屏風に向かって思わず駆け出さんとする子どもたち。
「能動的鑑賞」というスタイルは、ルーブルをはじめとする世界のミュージアムでは積極的に取り組まれている形式ですが、作品そのものと向き合えるちょっとした“しかけ”さえあれば、いっけんかけ離れて見える「乳幼児」と「日本美術」の間にも十分、橋を架けることができることを、当日の子どもたちの姿に改めて教えてもらったように思います。
誰かがそういったからではなく、そのものとの関係を前に、自分が好きなものを「好き」と感じる/言えるように。それがこの先、子どもたちが生きていくうえで、自らの頭で主体的に考え、判断していく礎となるように。
これを一つのスタートに、これからも子どもたちに「あさって」へのまなざしを育めるような取り組みを続けていきたいと思います。
関係・協力いただいた全ての皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。
#当日の様子を、四国新聞、RNC西日本放送、RSK山陽放送をはじめ、いくつかのメディアに紹介いただきました。ありがとうございました。
詳しくは、リンクをごらんください。
土曜日, 10月 12, 2013
小さなこどもの観覧日@香川県立ミュージアムが開催されます(松本・松井・常田)
10/5より、香川県立ミュージアムにて「たのしむ日本美術:サントリー美術館コレクション」というタイトルで特別展(瀬戸内国際芸術祭2013連携事業)が開催されています。
その関連事業として、きたる10/21に開催されるのが、ミュージアムの休日を利用した「小さなこどもの観覧日」
乳幼児が初めてのミュージアム&日本美術を「楽しい!」と思えるようなヒミツのしかけが、「もてなす」「祝う」「愛でる」「しつらう」「装う」の5つのコーナーに分けて、たっぷりと準備されたイベントです。乳幼児×日本美術の組み合わせは、全国的にも珍しいのではと思います。
特別展のテーマは「生活の中の美」
「日本美術」「古美術」等と耳にすると、なんだか遠いところのものに聞こえてくるかもしれませんが、 それはもともと生活の中にあったもの。
そんな「生活の中の美」に触れることで、子どもたちがそれぞれ、自分の好きなものを見つけ、楽しめるような時間となることを願って、ただいま香川県立ミュージアムと、保育所等への「芸術士派遣事業」を展開するNPO法人アーキペラゴ、そして私たちの共同作業で鋭意準備中です!
休日会館事業につき、この日は事前申し込みによって無料で観覧できます。
観覧希望の子どもたち&保護者はまだまだ募集中です。
申し込み/問い合わせは、香川県立ミュージアムまで。
みなさんとお目にかかれるのを楽しみにしております!
その関連事業として、きたる10/21に開催されるのが、ミュージアムの休日を利用した「小さなこどもの観覧日」
乳幼児が初めてのミュージアム&日本美術を「楽しい!」と思えるようなヒミツのしかけが、「もてなす」「祝う」「愛でる」「しつらう」「装う」の5つのコーナーに分けて、たっぷりと準備されたイベントです。乳幼児×日本美術の組み合わせは、全国的にも珍しいのではと思います。
特別展のテーマは「生活の中の美」
「日本美術」「古美術」等と耳にすると、なんだか遠いところのものに聞こえてくるかもしれませんが、 それはもともと生活の中にあったもの。
そんな「生活の中の美」に触れることで、子どもたちがそれぞれ、自分の好きなものを見つけ、楽しめるような時間となることを願って、ただいま香川県立ミュージアムと、保育所等への「芸術士派遣事業」を展開するNPO法人アーキペラゴ、そして私たちの共同作業で鋭意準備中です!
当日のプレゼント(アーキペラゴ太田さんの力作!)をちょっと公開
休日会館事業につき、この日は事前申し込みによって無料で観覧できます。
観覧希望の子どもたち&保護者はまだまだ募集中です。
申し込み/問い合わせは、香川県立ミュージアムまで。
みなさんとお目にかかれるのを楽しみにしております!
月曜日, 9月 09, 2013
四歳児クラスでおとながあそびを「しかけ」る意味(松本)
暑さに負けたかのように、更新の間がすっかり空いてしまいました。
少しずつ再開したいと思います。まずは、この間に書いたものの紹介から。
_________
雑誌『現代と保育』(ひとなる書房)の最新号(86号 7月刊行)では、連載『実践研究』にて『四歳児クラスでおとながあそびを「しかけ」る意味』のタイトルで、愛知県春日井市・第2そだち保育園の保育実践を紹介させていただきました。
保育歴3年目の若手保育者が中心になって、絵本『11ぴきのねこ ふくろのなか』の世界へと誘うしかけが子どもたちの日々の中に埋め込まれることで、子どもたちがそこにぐんぐん引き込まれていく様子が伝わってきます。
「ファンタジー遊び」「ほんと?遊び」などと称されるこの種の保育実践は、保育者の子どもたちに向けた積極的な働きかけがあってはじめて成立するという意味で、「保育ならでは」の経験を子どもたちに提供できる実践だと感じます。いっぽうで、保育者が「世界」をつくり込みすぎると、子どもの思いとの間に乖離が生まれることも……。
今回の実践の魅力は、保育者がよい意味で迷い、子どもの様子を見ながら試行錯誤したことで、必要以上の「しかけ」にならず、子どもたちの楽しさを引き出し、膨らませることに成功したという点にあるのではないかと感じました。
『現代と保育』は、年3回のペースで刊行されます(次号は11月)。
明日の保育、あさっての保育のヒントとなる、興味深い記事がたくさん載っている雑誌ですので、よろしければ、ぜひお読みいただけると嬉しいです!
少しずつ再開したいと思います。まずは、この間に書いたものの紹介から。
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雑誌『現代と保育』(ひとなる書房)の最新号(86号 7月刊行)では、連載『実践研究』にて『四歳児クラスでおとながあそびを「しかけ」る意味』のタイトルで、愛知県春日井市・第2そだち保育園の保育実践を紹介させていただきました。
保育歴3年目の若手保育者が中心になって、絵本『11ぴきのねこ ふくろのなか』の世界へと誘うしかけが子どもたちの日々の中に埋め込まれることで、子どもたちがそこにぐんぐん引き込まれていく様子が伝わってきます。
「ファンタジー遊び」「ほんと?遊び」などと称されるこの種の保育実践は、保育者の子どもたちに向けた積極的な働きかけがあってはじめて成立するという意味で、「保育ならでは」の経験を子どもたちに提供できる実践だと感じます。いっぽうで、保育者が「世界」をつくり込みすぎると、子どもの思いとの間に乖離が生まれることも……。
今回の実践の魅力は、保育者がよい意味で迷い、子どもの様子を見ながら試行錯誤したことで、必要以上の「しかけ」にならず、子どもたちの楽しさを引き出し、膨らませることに成功したという点にあるのではないかと感じました。
『現代と保育』は、年3回のペースで刊行されます(次号は11月)。
明日の保育、あさっての保育のヒントとなる、興味深い記事がたくさん載っている雑誌ですので、よろしければ、ぜひお読みいただけると嬉しいです!
水曜日, 7月 10, 2013
保育所と小学校―「ハレ」の場としての連携活動(松本)
先日、丸亀市立富熊保育所にて、小学校と保育所の連携交流活動を見せていただく機会がありました。
隣の富熊小学校から訪れた2年生と5歳児が一緒に取り組んだのは、夏野菜を使ったピザクッキング。夏野菜は、キュウリ、なすび、トマト、ピーマンなど。保育所と小学校それぞれで子どもたちが育て、前日までに収穫しておいたものです。
みんなで歌を歌い、先生から作る手順の説明を受けた後、5歳児と2年生の混合グループそれぞれでさっそくクッキング開始。ピザシートへソースを塗り、野菜やチーズのトッピングをします。口では「なすび、食べれんのや~」等々言う子がちらほら見られながらも、活動自体に後ろ向きな子どもは一人として見あたりません。
トッピングが終わり、ピザを焼いている間は「そうめんにゅうめんひやそうめん」ほかの触れ合い歌遊びをして待ちます。5歳児はともかく、気持ちは少し照れながらも、体は遊びにぐっと引き込まれていくところが2年生の可愛いところです。
いよいよ、ピザが焼けました。しかしそれを切り分ける段で一苦労。4~5人ほどのグループでみんなが納得するように分けるにはどうしたらよいか。紙上で割り算すれば、同じ大きさで簡単に割れる。でも、実際には同じように分けることはとても難しい……。なかなか切れないピザカッターを手に苦闘する子どもたちからは、たくさんの小さな物語が生まれました。
そうだ! 自分に割り当てられた大きいピースをさらに2つに分ければ、2回食べられる楽しみがある!……うんうん、そうだよね。そのアイデアをもらった5歳児、さっそく真似をしていました。
さて、いよいよ一番楽しみだった「いただきます」へ。一瞬の静けさの中で、無心になって食べている姿が何よりおいしかった手応えを物語っています。私も少し分けてもらいましたが、歯ごたえと野菜の甘みがすばらしい! そして、作っていたときにはちらほら聞こえたはずの「なすび苦手」「トマトきらい」の声はどこへやら……残食はもちろん皆無でした。
子どもたちが感想を述べ、片付けをして解散。双方の子どもたちのほころんだ表情と、小学校へ戻るお姉さん・お兄さんを見送ろうと、自然と足が動く5歳児の様子からは、今日の活動が子どもたちにどのように根付いたか、その手応えが自ずと伝わってきました。
子ども達はその後、今日の活動をどのように振り返り、自らに取り込んでいくのでしょうか。
________
仮に、知らない2人が「仲良くしなさい」と正面からただ求められたとします。そこでどうふるまうかは、私たち大人にとっても簡単ではないでしょう。いっぽう、五官が刺激される食を介した実践は、そこに参加する子どもたちの間に、前向きな姿勢をともにする経験を無意識のうちに可能にします。ことばを越えて直接子どもに働きかけることを可能にする、「食」のもつ力を改めて実感することができました。
非日常の空間の中で、子どもたちが思わず前のめりになれる教材を選ぶこと。それを、時間的な自由度を一定程度担保したうえで実践すること。
そのことは、普段はともに過ごすことのない子ども同士をつなぎ、日常の生活とは異なる、意外な姿を子ども達が見せてくれる一つのきっかけになりえるでしょう。
「小学生が幼児に教え、幼児は就学後に困らないようにする」定型的な「連携」像を超えて、日常とは異なる「ハレ」の場面としての交流活動を通じ、大人の想定を上回る子どもの多様な姿を引き出す。
それは、今後の日常における子どもの姿の変化の見通しを可能にするとともに、それに合わせてこれからの日常の学校生活・園生活等における、私たち大人が子どもへ働きかける際の新たな手がかりを見出すことへと結びつくはずです。
「連携」の新たな可能性を示していただいた実践を、おいしく味わうことができました。ありがとうございます。
今後の展開を、ますます楽しみにしております。
隣の富熊小学校から訪れた2年生と5歳児が一緒に取り組んだのは、夏野菜を使ったピザクッキング。夏野菜は、キュウリ、なすび、トマト、ピーマンなど。保育所と小学校それぞれで子どもたちが育て、前日までに収穫しておいたものです。
みんなで歌を歌い、先生から作る手順の説明を受けた後、5歳児と2年生の混合グループそれぞれでさっそくクッキング開始。ピザシートへソースを塗り、野菜やチーズのトッピングをします。口では「なすび、食べれんのや~」等々言う子がちらほら見られながらも、活動自体に後ろ向きな子どもは一人として見あたりません。
トッピングが終わり、ピザを焼いている間は「そうめんにゅうめんひやそうめん」ほかの触れ合い歌遊びをして待ちます。5歳児はともかく、気持ちは少し照れながらも、体は遊びにぐっと引き込まれていくところが2年生の可愛いところです。
いよいよ、ピザが焼けました。しかしそれを切り分ける段で一苦労。4~5人ほどのグループでみんなが納得するように分けるにはどうしたらよいか。紙上で割り算すれば、同じ大きさで簡単に割れる。でも、実際には同じように分けることはとても難しい……。なかなか切れないピザカッターを手に苦闘する子どもたちからは、たくさんの小さな物語が生まれました。
そうだ! 自分に割り当てられた大きいピースをさらに2つに分ければ、2回食べられる楽しみがある!……うんうん、そうだよね。そのアイデアをもらった5歳児、さっそく真似をしていました。
さて、いよいよ一番楽しみだった「いただきます」へ。一瞬の静けさの中で、無心になって食べている姿が何よりおいしかった手応えを物語っています。私も少し分けてもらいましたが、歯ごたえと野菜の甘みがすばらしい! そして、作っていたときにはちらほら聞こえたはずの「なすび苦手」「トマトきらい」の声はどこへやら……残食はもちろん皆無でした。
子どもたちが感想を述べ、片付けをして解散。双方の子どもたちのほころんだ表情と、小学校へ戻るお姉さん・お兄さんを見送ろうと、自然と足が動く5歳児の様子からは、今日の活動が子どもたちにどのように根付いたか、その手応えが自ずと伝わってきました。
子ども達はその後、今日の活動をどのように振り返り、自らに取り込んでいくのでしょうか。
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仮に、知らない2人が「仲良くしなさい」と正面からただ求められたとします。そこでどうふるまうかは、私たち大人にとっても簡単ではないでしょう。いっぽう、五官が刺激される食を介した実践は、そこに参加する子どもたちの間に、前向きな姿勢をともにする経験を無意識のうちに可能にします。ことばを越えて直接子どもに働きかけることを可能にする、「食」のもつ力を改めて実感することができました。
非日常の空間の中で、子どもたちが思わず前のめりになれる教材を選ぶこと。それを、時間的な自由度を一定程度担保したうえで実践すること。
そのことは、普段はともに過ごすことのない子ども同士をつなぎ、日常の生活とは異なる、意外な姿を子ども達が見せてくれる一つのきっかけになりえるでしょう。
「小学生が幼児に教え、幼児は就学後に困らないようにする」定型的な「連携」像を超えて、日常とは異なる「ハレ」の場面としての交流活動を通じ、大人の想定を上回る子どもの多様な姿を引き出す。
それは、今後の日常における子どもの姿の変化の見通しを可能にするとともに、それに合わせてこれからの日常の学校生活・園生活等における、私たち大人が子どもへ働きかける際の新たな手がかりを見出すことへと結びつくはずです。
「連携」の新たな可能性を示していただいた実践を、おいしく味わうことができました。ありがとうございます。
今後の展開を、ますます楽しみにしております。
火曜日, 6月 25, 2013
家庭裁判所にて考えたこと(松本)
高松家庭裁判所にて、調査官のみなさんの研修会に講師としてでかける機会をいただきました。
主に話をさせていただいたのは、3歳頃から学童期の子どもたちの発達と、そこから考えられる親子関係のありようについてです。
調査官の方々が取り扱われる大切な問題の一つに、いわゆる離婚に関わる紛争への対応、ということがあります。
もし、そのような問題と直面したとき、幼児期から学童期の子どもは何を感じ、考えるのでしょうか。
もちろん、両親の紛争が即、直線的に子どもの発達にマイナスの影響を及ぼすとは言えません。
事情はそれぞれ。多様なケースがあるでしょう。
いっぽう、両親のそのような姿を目にした子どもが、たとえば「お父さんとお母さんが仲が悪いのは自分のせいだ」のように考えてしまうことがある、といったケースも少なからず耳にします。
なぜ、そのような思いがめばえることがあるのか。
幼児期後半、5歳後半ころからは、言語的思考の深まりに伴い、子どもなりに自分自身を見つめ始める時期であることが知られています。ただしいっぽうで、このころから学童期前半までは、たとえばそれを他児の家庭環境と比較するなど、相対化して把握するための抽象的な思考力は未発達の時期です。
自分を見つめる視点は獲得されはじめるが、いっぽうでそれを、周りとの関係の中で把握することはまだ難しい。そのような発達的特徴が、大人の態度の変化を「私の何かが悪いのかな?」と捉えてしまう思考として、ときに表れることがあるのでしょう。
そうなったとき、子どもが自らの力だけで視点を変えることは容易ではありません。そんな場面で、ニュートラルな立場から、「悪いのはあなたではないよ」というメッセージを、誰がその子に届けることができるか。
近年、たとえば小学校の先生方は、保護者の様子をはじめとする、家庭の状況を掴むことが難しくなっているということを耳にします。
そんな現代の状況を考えたとき、子どもにフェアなメッセージを出せる貴重な大人の一人として、家庭裁判所調査官のみなさんの役割は、よりいっそう大切になっているかもしれません。
熱心な調査官のみなさんとやりとりしつつ、そんなことを考えました。
考えてみれば、裁判所に足を踏み入れたのは、子どもの頃の社会科見学以来かもしれません。
貴重な経験と考える機会を与えていただき、ありがとうございました。
私自身も、もう一歩深めて考えていきたいと思います。
主に話をさせていただいたのは、3歳頃から学童期の子どもたちの発達と、そこから考えられる親子関係のありようについてです。
調査官の方々が取り扱われる大切な問題の一つに、いわゆる離婚に関わる紛争への対応、ということがあります。
もし、そのような問題と直面したとき、幼児期から学童期の子どもは何を感じ、考えるのでしょうか。
もちろん、両親の紛争が即、直線的に子どもの発達にマイナスの影響を及ぼすとは言えません。
事情はそれぞれ。多様なケースがあるでしょう。
いっぽう、両親のそのような姿を目にした子どもが、たとえば「お父さんとお母さんが仲が悪いのは自分のせいだ」のように考えてしまうことがある、といったケースも少なからず耳にします。
なぜ、そのような思いがめばえることがあるのか。
幼児期後半、5歳後半ころからは、言語的思考の深まりに伴い、子どもなりに自分自身を見つめ始める時期であることが知られています。ただしいっぽうで、このころから学童期前半までは、たとえばそれを他児の家庭環境と比較するなど、相対化して把握するための抽象的な思考力は未発達の時期です。
自分を見つめる視点は獲得されはじめるが、いっぽうでそれを、周りとの関係の中で把握することはまだ難しい。そのような発達的特徴が、大人の態度の変化を「私の何かが悪いのかな?」と捉えてしまう思考として、ときに表れることがあるのでしょう。
そうなったとき、子どもが自らの力だけで視点を変えることは容易ではありません。そんな場面で、ニュートラルな立場から、「悪いのはあなたではないよ」というメッセージを、誰がその子に届けることができるか。
近年、たとえば小学校の先生方は、保護者の様子をはじめとする、家庭の状況を掴むことが難しくなっているということを耳にします。
そんな現代の状況を考えたとき、子どもにフェアなメッセージを出せる貴重な大人の一人として、家庭裁判所調査官のみなさんの役割は、よりいっそう大切になっているかもしれません。
熱心な調査官のみなさんとやりとりしつつ、そんなことを考えました。
考えてみれば、裁判所に足を踏み入れたのは、子どもの頃の社会科見学以来かもしれません。
貴重な経験と考える機会を与えていただき、ありがとうございました。
私自身も、もう一歩深めて考えていきたいと思います。
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