29.4.18

大学にて(松本)

Canterburyに引っ越してきて、はや1ヶ月。
大学での活動が本格的に始まって、2週間が経ちました。
最初の1週間では、職場環境を整えながら、いろいろな人に会ったり、会議に出たり。
2週目はちょこちょこ人に会ったりする合間に、日本の仕事の〆切がまとめて来たり、子どもたちの学校の準備や手続きをしたりで今に至ります。

今の所属はResearch Centre for Children, Families and Communitiesという研究所なので、数人の大学院生をのぞいて基本的に学生はいません。考えてみれば、仕事を始めて17年目で研究所に所属するのは初めて。イギリスの大学で会議に出たりするのももちろん初めて!
あれこれ新鮮すぎる中で、印象に残ったことは多々あるのですが、この間で特によい経験になったのは、出会った中の一人の先生とのご縁で、教育学部のPost Graduate(制度上は大学院ですが、基本的には4年生)の授業に飛び入りする機会を得たことです。

30人ほどの学生が履修しているその授業では、それぞれがこれから実践現場で行う研究計画をまとめながら、倫理上の配慮点について書く、という課題が出ていました。なぜだか流れ上、ちょこちょこ論文指導っぽく脇からコメントしつつ見せてもらった彼女たちの研究計画は……

・図書館を介した読み聞かせ(Book sharing)への働きかけとと親子のやりとりの質の変化
・わらべ歌(Nursery rhymes)とSocial relationshipsの発達
・保育園内のコーナーを活用した、自分の気持ちに関する表現力を豊かにする取り組み
・ままごと遊びと社会性の発達

等々、日本の4年生たちが考えるものと、思った以上に興味関心も枠組みもわりによく似ている!というのがなかなか新鮮でした。

こちらの大学のシステムは、日本とはかなり異なります。
教育学部の場合、Undergraduate(学部生)は、いわゆる高校からまっすぐ上がってくるコースと、保育現場などで社会人経験を積んだ後に入るコースに分かれていて、Foundation Degreeという基礎課程が2年(年数を考えると短大相当?)、その後にBachelorという学士課程が1年、その上にPost Graduateとなっているようです。
現場で気づいたことを、自分の課題意識に合わせたコースでの学びや研究課題として深め、キャリアアップして再び現場に戻っていける制度はなかなか魅力的です。日本で自分がしてきた仕事を振り返ると、保育者研修や現場での実践研究がそれに相当するのでしょうが、職場を離れずに学ぶことと、大学等で一度職場から離れて学び合うことでは、深められる程度と蓄積の度合いが変わってくるように感じました。日本でこれまで一緒に学んできたみなさんと、こんな機会が持てたらきっと面白いと思います!

また、担当の教員は、これらそれぞれの課程で分かれているようです。日本で大学1年から修士まで授業をもっている身からすると、これまた別の意味で新鮮でした。
とはいえイギリスは、たとえば就学前施設や小学校でも、施設・学校毎に雰囲気や教育内容、学び方にかなり幅があります。大学でも同じように、大学毎にいろいろシステムは異なるのかもしれません。

違う環境に出かけているので異なる点が多いのは当たり前なのですが、この二週間で意外にも、共通する点や課題がたくさん見つけられたことは大きな収穫でした。
帰ってからのことを考えるのはまだ早い!ですが、こちらの大学の同僚も、研究のこと、学生のこと、大学運営のこと等、同じようなことに悩み、頑張っている……と考えると、帰ってからもなんだか少し元気が出そうです。



13.4.18

ことばをかけ合う(松本)

Canterburyに住み始めて、半月ほどが経ちました。
生活の基盤を一つずつ整えながらこちらでやりとりするなかで、いくつか気付かされたことがあります。

一つめは、年配者(特に女性)や子ども連れ、障がいをもつ人たちに対するさり気ない配慮をよく見ることです。例えば道のすれ違いで足を止めて待つ、交通機関の座席を譲る、荷物運びなどでさっと手を差し伸べるなど。私は一度おばあさんに軽く注意されて(恥ずかしい&ありがたい!)すっかりその習慣が身につくようになりました。
もちろん、そうでない人もいます。でも譲ったときには、相手はほぼ、笑顔と言葉で返してくれます。

二つめは、互いに声をかけ合う場面がとても多いこと。特に我が家の子どもたちは、生活の中のいたるところで話しかけられることが、日本に比べてすごく新鮮であるようです。
子どもに限らず、大人に対しても、お店、バス、郵便等の配達、その他生活の中のあらゆる場面で、あいさつプラス一言やり取りすることが、明らかに日本にいるときより多いと感じます。

三つめは、英語以外の言葉に慣れていること。
例えば私の名前 ‘Hiroo’ は、アメリカ人には「ヒルー」と発音されることが多かった気がします。(そう、‘school’ と同じ発音ということです。)
でも、こちらに来てからは、きちんと読んで(読もうとして)もらえることがほとんどです。
EU圏はビザなしで移動できることで、互いに母語が異なるのはよくあること(例えばスウェーデン語の名前を発音するのは難しい!)、また自民族の言葉が実質的な世界共通語となりながらも、それは実際には他国(アメリカ)で独自に進化した少し違う言葉であること等が影響しているのかもしれないと思います。


譲ること、言葉をかけ合うことは、その中身自体の意味ももちろんあると思うのですが、「あなたと私は敵対していませんよ」というメタメッセージを含んだものとなります。

立ち居振る舞いが基本的によく似た人で構成されるコミュニティ(日本の多く)では、声をかけ合わずとも、互いに分かり合える(気がする)、という前提でコトを進めることが可能なのかもしれません。

いっぽう、多様な出自と習慣をもつ人が含まれているコミュニティでは、相手にはっきり声をかけること、わかりやすい態度で意思を表すこと、何より互いをわかり合おうとすることは、日々の生活を安心して送る中で不可欠なことなのでしょう。

幼児期からの、言葉で自分らしく表現することへの価値づけと、それが十分でない人に対する尊重の態度が大事にされていることは、これらとつながっているかもしれません。

まだこちらに来たばかり。

日本でも東京が特殊であるように、Londonのような大都会と、地方では異なることも多いだろうと思います。引き続き考えていきたいと思います。



4.4.18

2018年度(松本)

新年度が始まりましたね。
みなさん、それぞれ新しいスタートがあると思います。

松本は本年度、イギリス・ケント州カンタベリーにある、Canterbury Christ Church Universityにて在外研究をさせていただくことになりました。
Research Centre for Children, Families and Communities という研究所のメンバー(Visiting Scholar)として、就学前教育から初等教育への移行における諸問題に、リテラシー獲得とその支援を主なキーワードとしてアプローチする予定です。
リテラシー(Literacy)とは、狭義には文字等読み書き能力のことを指しますが、広義にはことばを介して自分をどう表現するか、を含む概念です。幼児期と学童期、就学前と初等教育、イギリスと日本という軸をたてて、それぞれ相違点・共通点を重層的に捉える際に、このリテラシー観の違いが、問題を読み解き実践につなげていくうえで、一つの鍵となると考えています。

現在、こちらの大学はEaster Holidaysに入っています。
中旬からの本格的スタートに向け、まずは家族と生活の立ち上げ、研究開始の準備に奔走する日々を送っています。徐々にこちらの、曇りのち雨時々曇りのち雨そして晴れ!のような天候にも慣れてきました。

今日は子どもたちが、はじめてこちらの子どもと遊んだ記念すべき日になりました!
英語はほぼ全くわからなくても、一気に遊びに巻き込み、巻き込まれていく小学生。
きちんと話せるかではなく、ワクワクするかどうかが、コドモとコドモを結びつけていきました。